どのような行為が作曲と言えるのか

6月 20th, 2014

作曲と聞くと、音楽室に飾ってあるベートーベンの肖像のように、小難しい顔をした専門家が楽譜に音符を書き記すというイメージを持っている人もいるかもしれませんが、それこそ文字も知らないような古代の人間でも、何かを太鼓の代わりにしたリズムだけの曲というものも沢山生み出されてきました。

特にリズムというものは生命の心臓の鼓動も行っているような根源的なもので、音楽について何も知識を持たない人間でも、それによって高揚したり不安になったりしますから、何かの儀式等にも多く利用されてきました。

しかし絵の様な形に残る物は昔にどんな者が描かれていたのか分かりやすい形で残っているのですが、楽譜が発明される前までの音楽は伝承する方法が直接人間の手で教える他は無く、私達が今知ることの出来る音楽は比較的最近の物しかありません。

なので音楽の授業で習う楽譜付きの曲はそれ以降の物で、作曲とはそういった音楽を生み出すものと考えがちですが、ただ手拍子をパンパンと叩いた物でも十分に作曲と言えると思います。

作曲のメロディー、ミスチルに似た

6月 20th, 2014

作曲をしたことはありますが、かなり中途半端なものです。頭の中に浮かんだメロディーをそのまま音声にして録音していくだけです。しかし、まだまだ未完の曲で発表するようなものではありません。

ミスターチルドレンの某曲を聴いたときには、あ、この曲はつい先日自分が考えたメロディーによく似ているなーと思いました。でももちろん、似ているだけで形になっていないから、たまたま似ただけに過ぎないでしょう。ひとつの曲をはじめからおわりまできちんと仕上げるには、まだまだノウハウや力量が不足しているのがわかります。

作曲をしてみたいという願望がありながらも、実際にするとなると案外難しいです。何か楽器を使えたほうがよいようにも思えるし、ギターやピアノといった代表的な楽器に音を置き換えることも必要です。逆に、楽器を弾きながら作曲するということも盛んなようですが、個人的には曲から楽器に置き換えるほうが作曲しやすいかなと思っています。

詞や曲は降ってはこないと思います

6月 19th, 2014

 「曲を書くぜっ」と決めて、自分の中の作曲スイッチをオンにするところから始まります。すると、日常生活でテレビから流れる音楽、お店の中のBGMなどを素材として使えるかいちいち検証するカラダになるんです。作りたいジャンルや雰囲気が決まっていれば、自らその種のCDなどを選んで精力的に聴いたりもします。よく、詞や曲が天から降りてくるとか降ってくるとか言いますが、そんな気がするだけで実は絶対違うと思ってます。そして「ここかっこいいからちょっと拝借」とか「これダサいな、自分ならこうするな」などと思い始めたらもう作りだしています。外出先なら手帳に音階を走り書きし、自宅ならキーボードで確認しながら組み立てていくのです。行き詰まったら休憩。またどこかから聞こえてくる音楽にアンテナを立て、ヒントをもらいながら進めます。
 アーチストの談話などでは「浮かんだままをメロディに」なんて聞きますが、人知れず試行錯誤しながら音と取り組んでいるはずですよ。